HAJIMARI NO CHANOYU GAKU
はじまりの茶の湯学
秋がいつから始まりますものやら、近ごろは困ったものでございます。寒い夏があったかと思えば、極端に暑い年もある。旧暦の行事と新暦の暦との食い違いも重なって、ますますややこしい。それでも「暑さ寒さも彼岸まで」と申します。ぼちぼち暑さも遠のいて、茶にふさわしい季節がめぐってまいります。茶味も多く、茶趣に事欠かない月——それが長月でございます。
九月と申せば、なんといっても月。けれどこの月の茶がおもしろいのは、月を十五夜の一夜だけのものにしていないところでございます。二日月から二十三夜待まで、月にはひと月ぶんの名前がついている。満ちては欠けてゆく、そのどの姿にも名を与えて眺める——一夜の名月ではなく、ひと月の月を見る。ここに九月の茶の深さがございます。
八月は、暦のうえで秋の立つ月でございます。けれど立秋と申しましても涼風はまだ遠く、残暑のきびしい日が続きます。こんな時期に狭い茶室へ入って茶などしていられない——そう思うのも、無理からぬことでございましょう。近ごろは冷房の入る茶室も多くなりました。では、冷房のなかった時代はどうしていたのか。元伯宗旦の書状に「今日はあまり暑いので茶の湯は致さず」という一文が残っていると伝わります。あの宗旦でさえ、暑さに負けて茶をやめている。そう知ると、なんとなく心が軽くなるようでございます。
八月の茶は、暑さと戦う月ではございません。暑さのなかに、水を置く月でございます。夜明け前に席入りする朝茶事、日の傾きとともに始まる夕去りの茶事、そして釣瓶や平水指にたっぷりと湛えた水——この月ばかりは、掛物でも茶入でもなく、水そのものが第一のご馳走なのでございます。
七月に入ると、いよいよ本当の炎暑が訪れます。太陽は燃えるように照りつけ、大気は眩しく揺らぎ、草はいきれ、人の心までがなんとなく萎えてまいります。けれど不思議なもので、その堪えがたさを越えたところにこそ、かえって深い茶趣が待っている——古人が「茶は風炉にあり」と申したのも、思えばこの月のことでございました。風炉の茶ができれば一人前、とまで言われるほどに巧者を要しますが、その難しさゆえに、年季を積んだ人にはまた格別に楽しい季節でもあるのです。
暑い盛りの茶を考えるとき、まず心を配りたいのは座敷そのものの涼しさでございます。縁側の戸障子を葦障子に改め、畳の上には一面に網代を敷く。真新しい網代なら白々とした涼感を呼び、長年の手入れで枇杷色に落ちついたものなら、しっとりとした静けさを添えてくれます。ただ、夏の座敷はあまり明るすぎてはいけません。むしろ薄明のほうが涼やかに感じられ、心も落ちつくものです。飾りはできるだけ少なく、余白を残す——じつはこの引き算こそが、部屋に涼を湛える一番の秘訣なのでございます。
青葉のかげが深く濃く、軒に雨の音がしとどに通う六月。前月に迎えた風炉の火もすっかり身体になじみ、いよいよ梅雨の湿りと暑さのあわいを、いかに涼しく過ごすかへと、茶人の工夫が移ってまいります。「夏は涼しいやうに」——利休七則のこの一句が、もっとも切実に問われるのが、この水無月でございます。
——五月雨の降りこめる薄暗き昼、障子越しの翠の光のなかで、釜の湯気が細く立つ。乾いた涼しさではなく、湿りのなかにこそ涼を見出す——それが六月の茶の妙味でございます。「水の月」と書いて水無月と読むこの月は、田に水を張る月、雨の月であると同時に、茶の湯にとっては水そのものを主役に据える月でもあります。涼を「見せる」のではなく、湿りのなかに「呼吸させる」——そこに、この月ならではの難しさと面白さがございます。
若葉のかおりが軒まで届き、青楓のかげが障子に揺れる五月。前月のなかばに炉と別れ、いよいよ風炉に新しき火を迎える、初風炉の月でございます。
——「そもそも茶道の根元は風炉にあり」と、古書はそう書き留めております。室町の頃、茶はまだ風炉一本のものでした。炉は寒月に茶を点てるための工夫として後から加わったもの。だからこの月の初風炉は、ただ夏のはじまりの所作ではなく、茶の湯の原点に立ち戻る月でもあります。「巧者の人は風炉を喜ぶ」という言葉も、年を重ねるほどに、深く頷ける言葉になってまいります。
春の陽気が日ましに暖かくなり、障子を開け放ちたいような四月。しかしこの季節は同時に、炉の名残——炉別れの月でもあります。
花に明け、花に暮れるこの華やかな季節に、茶人はひとつの別れを迎えます。十月の開炉から半年間親しんだ炉と、月の中頃に別れる。その対比のなかに身を置くとき、茶の湯が季節とともに生きることの練習であると、少しずつ感じられてくるのではないかと思います。
Live Lecture Schedule
今月の生配信講義
各回 20:00スタート / 録画アーカイブは後日追加いたします
2026.04.02 THU 20:00
01 人物伝 vol.4「武野紹鴎」
ARCHIVE2026.04.08 WED 20:00
02 茶花 vol.4「しゃくやく、ぼたん、ゆり、あじさい」
ARCHIVE2026.04.15 WED 20:00
03 古書 vol.4「江岑夏書」
ARCHIVE※尚、今月の動画保管庫のパスワードは近日中に更新予定です。
設定次第、改めてご案内差し上げます。どうぞよろしくお願いいたします。
🎙️
四月のAIラジオ
準備ができ次第、こちらへ追加されます。