一服の湯を点てる。それだけの行為のなかに、季節の息吹と、人と人との関係が凝縮しています。「歳時記」というこころと、「形式」という型。この二つの軸で、十一月から始まる茶の湯の一年をたどり、最後に、自分だけの暦を編むところまで行きます。
茶の湯とは、一服の湯を点てるという、極めて単純な行為です。その単純な行為のうちに、季節の息吹と、人と人との関係性が凝縮している。今日はそれを二つの軸で見ていきます。
一つは歳時記。その時の「こころ」をあらわす季節感です。花・菓子・掛物・器を選ぶときの設計図になります。
もう一つは形式。その場の「型」をつくる基本構造です。目に見えない思いやりを、見えるかたちにする工夫です。
この二つは、別々には働きません。絡み合って一年を織っていく。そして最後に、亭主も客も含めた座の全体が一つにまとまる——「一座建立」につながる。このレポートは、そこへ向かって書いています。
もう一つ、このレポートには裏の主題があります。暦は、思っているほど古くも一律でもない、ということです。いま私たちが「茶道の歳時記」と呼んでいるものは、案外新しい。そして明治の改暦のずれが、いまも茶席にそのまま残っている。それを知ったうえで、最後に「我が暦を編む」という話をします。全国一律の暦に縛られなくていい、という話です。