ギリシア神話の英雄も、利休や織部も、悲劇をくぐってきました。けれどもギリシアは悲劇を舞台に乗せて演じ、茶の湯は悲劇を語りません。同じ悲劇を経ているのに、なぜ表し方がこれほど違うのか。劇場と茶室、コロスと水屋を並べて、その道筋をたどります。
茶の湯を愛好する皆様、こんにちは。
突然ですが、ギリシア神話を読んだことはありますか。
先日、クリストファー・ノーラン監督の映画『オデュッセイア』を観ました。オデュッセウスの悲劇と、そこからの復活。そして、自らの役目を果たすための旅。とても素晴らしい内容で、3時間という長さをまったく感じさせない映画でした。この映画をきっかけに、私はギリシア神話に興味を持つようになりました。
読み進めるうちに、ふと気づいたことがあります。ギリシア神話も茶の湯も、同じように悲劇をくぐってきた、ということです。
ギリシア神話の英雄たちは、正しいと信じた行いによって破滅していきます。茶の湯でも、千利休は1591年に豊臣秀吉の命で自刃し、その弟子の古田織部も、1615年に切腹しました。経歴だけを並べれば、二人はまぎれもなく悲劇の人です。
ところが、その悲劇の表し方はまったく違います。ギリシアの人々は、悲劇を劇場の舞台に乗せ、観客の前で演じました。一方の茶の湯は、悲劇を語りません。私たちは、利休や織部を「悲劇の人」とは呼ばないのです。
同じ悲劇を経ているのに、なぜ表現がこれほど異なるのか。今回は、そのことを考えてみたいと思います。
ギリシア悲劇の核にあるのは、正しいと信じた行いこそが破滅を招く、という考えです。破滅は、人間が避けようのない運命として描かれます。
たとえばソポクレスの『オイディプス王』では、テーバイの町を疫病が襲います。神託は、先王を殺した者の穢れが原因だと告げます。王オイディプスは町を救うために犯人を追い、まだ見ぬ殺害者に呪いをかけます。ところが犯人は王自身であり、殺した先王は実の父、妻は実の母だったとわかります。オイディプスは自らの目を突き、自分でかけた呪いを背負って放浪の旅に出ます。町を救おうとする正しさが、そのまま自分を裁く刃になったのです。
悲劇は、紀元前6世紀から5世紀のアテナイで盛んになった演劇です。ディオニュソスの大祭では毎年悲劇の競演が行われ、のちに喜劇も加わりました。題材は、誰もが知る神話の英雄たちです。舞台では演者が演じ、客席の観客がそれを見つめます。人生の破滅も笑いも、悲劇や喜劇という型にして見せたのです。
観客は主人公の破滅を見て、憐れみと恐れを覚えます。アリストテレスは悲劇の働きを、この感情による「カタルシス」と定めました。もとは医術で、体内の不純物を排し出すことも指した言葉です。感情を大きく起こし、外へ流し出す。それがギリシアの悲劇でした。
ただし、どんな感情でも舞台に乗せられたわけではありません。歴史家ヘロドトスによれば、劇作家プリュニコスが、攻め落とされたばかりのミレトスの町の悲劇を上演したところ、劇場じゅうが泣き崩れました。アテナイの人々は、身近な災いを思い出させたとして、作者に1000ドラクマの罰金を科し、上演を永久に禁じたといいます。悲劇が演じられたのは、神話という遠い物語だったからなのです。