2024年の秋、宇治の老舗の棚から抹茶が消えました。買えない。値は前年の1.7倍。なぜ消えたのか。消えた抹茶はどこへ行ったのか。そして、いま世界に抹茶を売っているのは誰なのか。
これは、一杯の抹茶が買えなくなったところから始まって、思ってもみなかった場所に出る話です。順に追います。
2024年の秋、宇治の老舗が相次いで抹茶を絞りました。
丸久小山園は11月11日から、直営店で抹茶の全銘柄に数量制限をかけています。100グラム、200グラム、500グラム、1キログラムの袋は販売そのものを止め、20グラムと40グラムの缶だけを数量限定で売る。一保堂茶舗も同じ秋、一部銘柄の販売を休止しました。
作れないのではありません。需要が、生産の速さを追い越したのです。
値にもそれは出ています。2026年5月13日、京都府城陽市のJA全農京都茶市場で行われた碾茶の初取引は、一キロあたりの平均落札価格が14,127円。前年の1.7倍で、初取引としては過去10年の最高値を更新しました。
碾茶は、抹茶になる前の葉です。覆いをかけて日を遮って育て、揉まずに乾かし、石臼で挽く。どの工程も、急には増やせません。覆いをかける棚をこしらえるにも、茶樹が仕立てに応えるまでにも、年単位の時間がかかります。値が上がるのは、需要の速さと生産の遅さの差がそのまま出ているからです。
ここまでなら、話は簡単です。世界で抹茶が流行り、生産が追いついていない。誰もがそう読みます。
ところが、作る側の数字を見ると、話がひっくり返ります。
もう一つ、静かに大きなことが起きています。
碾茶の生産量を都道府県別に見ると、令和5年産で1位は鹿児島県の1,585トン(全国の38%)。京都府は970トン(23%)で2番目です。静岡県が505トン(12%)で続きます。
「抹茶といえば宇治」と私たちは思っています。実際、宇治は覆下栽培を生み、御茶師の制度を育て、抹茶の質の基準そのものを作ってきた土地です。けれども量でいえば、いま日本でいちばん碾茶を作っているのは鹿児島なのです。
鹿児島の碾茶生産は2018年から2023年のあいだに約3倍に伸びました。煎茶の需要が細るなか、平坦な畑と大型の機械を持つ産地が、煎茶から碾茶へ作り替えを進めた結果です。
これは良し悪しの話ではありません。ただ、400年かけて宇治に集まっていた重心が、いま南へ動いている——その事実は、覚えておいてよいと思います。
需要の話に移る前に、作る側を見ておきます。
茶を売るために栽培している経営体の数は、2000年に53,687ありました。2020年には12,325です。20年で4分の1以下になりました。
主として農業に従事している人の数も、2010年の25,043人から、2020年には11,644人へ。10年で半分以下です。そのうち49歳以下は1,574人しかいません。60歳以上が占める割合は74%にのぼります。
畑そのものも減っています。茶の栽培農家は2008年の45,645戸から、2023年には19,792戸へ。栽培面積は48,000ヘクタールから36,000ヘクタールへ。そしていま残っている茶園の約4割は、樹齢30年を超えています。老いた茶樹は、収量も品質も落ちていきます。
つまり——世界の需要が跳ね上がるまでの20年で、作る人は4分の1になっていた。
第一章で見た品薄と値上がりは、ブームだけでは説明がつきません。片側で需要が跳ね、もう片側で供給の土台が縮んでいた。その二つが同じ時に起きたことの結果です。
一つめの答えが出ました。棚から消えたのは、売れたからではありません。売れる前から、作る側が細っていたのです。
ただ、この答えは次の疑問を連れてきます。国内で作られる量がそれだけ細っているなら——いま世界中で飲まれている、あの大量の抹茶は、いったいどこから来ているのでしょうか。
海の外に目を向けます。
緑茶の輸出は、2025年に721億円。前年のおよそ2倍です。量は12,612トンで、6年続けて過去最高を更新しました。伸びを引いているのは、抹茶を含む粉末の茶です。
数字が2倍になるというのは、尋常なことではありません。しかもこれは、抹茶が世界の飲み物として定着したから起きたのではなく、まだ定着の途中で起きているのです。
なぜ、これほど急に広がったのでしょうか。多くの人が挙げるのは、スマートフォンで流れてくる十数秒の動画です。インスタグラムやTikTokで、若い人たちが日々目にしている、あの短い映像のことです。
考えてみると、抹茶はその形式に、不思議なほど合っています。碗のなかで緑がふくらみ、泡立つ。音を出さなくても伝わり、言葉が分からなくても伝わります。茶筅を振る手つきは、見ているだけで面白い。しかも、点て始めてから飲むまでが短い。十数秒に収まります。
飲みものの多くは、映像にすると地味です。湯が落ちる、茶葉がひらく——どれも、指先で次へ送られてしまう長さのなかでは弱い。抹茶だけが、色と動きと所作の三つを、その短さのなかに持っていました。
この10年に起きたことの、少なくとも半分は、それで説明がつくと私は考えています。
ここで、日本の側の数字を思い出してください。碾茶は急には増やせず、作る人はむしろ減っている。輸出が2倍になったといっても、増やせる上限は動いていません。
つまり、こういうことになります。世界が飲んでいる抹茶の大半は、日本から出たものではない。
では、誰が売っているのか。ここからが、三つめの問いです。