茶室の掛物でいちばん多く見かける言葉かもしれません。一期一会。
一生に一度の出会いだから、この時を大切にしよう。だいたいそのように受け取られています。大きく外れてはいません。ただ、この言葉がどこから来たのかを知ると、意味の輪郭がもう少しはっきりします。
利休は、そう書いていない
まず、よくある紹介から。「千利休の言葉」。
これは正確ではありません。利休自身が書き残したものに、この四文字は出てきません。利休は書き物をほとんど残していない人で、その教えは弟子たちの筆を通してしか伝わらないのですが、その弟子たちの書いたものを探しても、四字熟語としての「一期一会」は見当たりません。
では誰が書いたのか。
四文字にしたのは、幕末の大老
井伊直弼(1815-1860)です。
彦根藩主で、幕末に大老を務めた、あの井伊直弼です。安政の大獄と桜田門外の変で知られる政治家ですが、この人は茶の湯にも深く分け入っていて、『茶湯一会集』という書物を残しています。その冒頭に、一期一会は置かれています。
政治家としての評価と、茶人としての仕事は、いったん切り離して読んだほうがよいと思います。少なくとも茶の湯の側から見れば、直弼は「茶事とは何をする時間なのか」を、それまででいちばんはっきり文章にした人です。
彼が生きたのは、茶の湯が遊芸に傾きかけていた時代でした。道具を見せ合い、点前の手順を競う。そういう場になりつつあったところへ、直弼は利休の時代の緊張を呼び戻そうとした。その中心に置かれたのが、この四文字でした。
その前にあった「一期に一度の会」
とはいえ、直弼が何もないところから思いついたわけでもありません。
利休の高弟・山上宗二が遺した『山上宗二記』(1588年)に、茶の湯の心得として「一期に一度の会」という趣旨の一節が伝わっています。利休の教えとして書き留められたものです。
つまり、心得そのものは利休の時代からあった。それを二百数十年のちに、直弼が四つの字に結晶させた。「利休の言葉ではない」というのは、「利休と関係がない」という意味ではありません。言葉としては直弼のもの、心としては利休以来のもの、と分けて考えるのが実際に近いはずです。
こういう区別は、細かいようで案外きいてきます。出どころがわかっている言葉は、使うときに腰が据わります。
「二度とない」の、その先
一期一会でもう一つ知っておきたいのは、これが対になる言葉を持っていることです。
直弼は同じ『茶湯一会集』で、独座観念(どくざかんねん)を説きました。
客が帰り、亭主がひとり、炉の前に戻って座る。にぎわいの去った席で、今日の会はもう二度と返らないのだと思う。そして、去っていった客のことを思う。その静かな時間に、直弼は名前を与えました。
一期一会が会の始まりに置かれる心得だとすれば、独座観念はその終わりに置かれる心得です。二つで一組になっている。
そう考えると、一期一会は「今この瞬間を楽しもう」という前向きな標語とは、少し手ざわりが違ってきます。もっと静かで、少し寂しい。二度と返らないことを、返らないままに引き受ける。その覚悟に近いものだろうと思います。
掛物として読むとき
茶席でこの軸が掛かっているとき、亭主は「今日のこの席は、今日限りです」と言っているわけです。
同じ顔ぶれで、同じ道具で、同じ季節に、また集まることはできます。それでも、今日と同じ会にはならない。人はその間に年をとり、何かを失い、何かを得ている。だから今日の会は、今日のためだけに編む。
一期一会という言葉が今も古びないのは、この考え方が茶室の外でも成り立つからでしょう。もっとも、茶の湯の側から言えば、順番は逆かもしれません。二度とないと知っているから、支度に時間をかける。その手間のほうが本体で、言葉はあとから付いてきた名前なのだと思います。