茶の湯スフィア 索引人物 / 小堀遠州

小堀遠州

こぼり えんしゅう / 展開した人

作事奉行を務めた大名茶人。利休の侘びに王朝の雅を重ね、明るく端正な綺麗さびをひらいた。建築・作庭・茶を一続きの美として構想し、多くの名物に古歌から銘を与えた。引き算の上に、王朝美という別の価値を掛け合わせた人。[通]

生没年
天正七年(一五七九) ― 正保四年二月六日(一六四七) 六十九歳
政一(まさかず)。遠州は官名 遠江守による通称
出自
近江の小堀邑。父 新介正次の代からの普請奉行の家
家督
二十六歳で父の遺領 備中国松山 一万二千四百六十石余を継ぐ
古田織部。「織部第一の弟子」と称される
三代将軍 徳川家光の茶道師範(師の織部は二代 秀忠の師範であった)。作事奉行・作庭奉行
主な作事
仙洞御所・禁裏(慶長末年に拝命)/二条城/名古屋城/大徳寺 孤篷庵
代表的な茶席
大徳寺竜光院の密庵/孤篷庵の忘筌/南禅寺金地院の八窓の席
交わり
八条宮智仁親王ら桂宮家の人々/近衛応山/木下長嘯子
和歌
冷泉為満、木下長嘯子に学ぶ
茶風
綺麗さび
歿地
伏見の邸。辞世の和歌は大徳寺 孤篷庵に現存
深く知る ── はじめに

利休のわび、織部の破調に続く三人目として語られる人である。ただし遠州が向かったのは、師の織部が開いた歪みの先ではなかった。整った形、高い気品——後年これは「綺麗さび」と呼ばれる。その根にあるのは復古であり、しかも戻ろうとした先は利休ではなく、王朝である。道具に古歌の銘を与え、茶席を明るくし、露地を廻遊式の庭に広げた。武功ではなく普請で上がった、泰平の世の茶人だった。

……

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つながる項目
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出典

「はじまりの茶の湯学」小堀遠州 学術レポート/茶道四祖伝書 講義資料

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監修・武井宗道。通説と、史料から確かめられることを分けて記しています。