茶の湯スフィア 索引人物 / 辻玄哉

辻玄哉

つじ げんさい / 堺派・利休の高弟

堺の人、屋号を櫛屋という。連歌師でもあり、武野紹鴎の高弟。利休の茶の真の師であったとする説もある。秀吉に仕えて茶湯七人衆に列した。津田宗及の茶湯日記に茶事が頻出し、瓜紅の台子・飯胴の小壺・虚堂の墨蹟などの名物を所持した。[通]

生没年
未詳。十六世紀の人。天正のはじめ頃まで生存が確かめられる
出自
和泉国 堺。屋号を櫛屋という。墨屋と号したとも伝わる
武野紹鴎 ── その門の筆頭とされる
相伝
「小壺の茶の建様(小壺の大事)」を一人相伝
伝えた人
千利休。秀吉の命で台子点前を行う際、利休は玄哉に古流を習ったと伝わる
連歌
連歌師としても知られ、里村紹巴らと交わる
近年の説
利休の実の師はこの人であったとする見方が有力(三章)
通説での扱い
三代継承(珠光―紹鴎―利休)の物語では、名が現れない
深く知る ── はじめに

茶の湯の系譜のなかで、最も割を食ってきた人である。武野紹鴎の門の筆頭であり、紹鴎から茶湯の秘事を一人だけ相伝され、それを千利休に伝えた。事実の連なりだけを追えば、紹鴎と利休のあいだに立っているのはこの人にほかならない。ところが「珠光 ─ 紹鴎 ─ 利休」という三代継承の物語が定着すると、あいだに立つ者は不要になる。玄哉の名は茶の湯史の表から消えた。近年、利休の実の師をこの人とする説が有力になっているのは、消されたものを戻す作業である。

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つながる項目
武野紹鴎 千利休 津田宗及 赤松貞村 鳥居引拙
出典

桑田忠親『本朝茶人伝』中公文庫(『津田宗及茶湯日記』による)

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監修・武井宗道。通説と、史料から確かめられることを分けて記しています。