利休七哲の一人、細川忠興。利休追放の際、織部とともに淀まで見送った弟子として一次史料に名が残る。利休の茶を厳格に守り伝えたことで知られ、三斎流の祖とされる。武家にして利休の正統を継いだ。[通/確:見送り]
利休七哲のなかで、師の茶をそのまま守ろうとした人である。同じ七哲でも古田織部が利休の茶を組み替えていったのに対し、三斎は受け取ったものを崩さなかった。武将としては十五歳の初陣から大坂の役まで三十九年を戦場で過ごし、和歌から蹴鞠、刀剣の製作にまで通じた多芸の人でもある。利休が堺へ流されるとき、秀吉の手前を憚って誰もが身を引くなか、織部とともに淀まで見送った二人のうちの一人。
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「はじまりの茶の湯学」茶道四祖伝書 講義資料(細川三斎)