茶の湯の価値を引き上げた武将。評価の定まった東山御物・珠光名物など最高級の唐物を集約し(生涯235点規模)、自らの権威に格付けの裏打ちを与えた。茶会を開く権利を家臣の生涯の名誉とし、茶器を一国一城に匹敵する象徴貨幣へと押し上げた。本能寺には38種の唐物を運び込み、その大半が炎に消えた。九十九茄子だけが焼け跡から拾われ、修復されて今に伝わる。[確:蒐集・本能寺/通]
茶を点てた人ではなく、茶の価値を決める権利を握った人である。堺を押さえて鉄砲と茶器の流通を同時に手に入れ、足利将軍家の東山御物が持っていた価値の頂点を、名物狩りによって自分のもとへ移した。そして土地の代わりに茶道具を与え、茶会を開く許可そのものを恩賞にした。土地には限りがあるが、名物の価値には限りがない——この発明が、のちの秀吉の茶へ、そして利休の死へとつながっていく。
……
この続き(およそ2,400字)は、会員の方がお読みになれます。
史料の読み比べ、説の一覧、典拠の明示まで。月500円から。
「はじまりの茶の湯学」織田信長 講義資料