堺の薩摩屋に生まれ、利休の高弟となった。妥協を許さぬ潔癖さゆえ秀吉の怒りを買い、惨殺されたと伝わる。遺した『山上宗二記』(1588)は、名物の来歴・茶の湯の心得・茶人評を伝える同時代の最重要茶書。利休の茶と名物の根拠を後世へ伝えた。[確:宗二記]
茶の湯を知ろうとする者が、最初に立ち返るべき書を残した人である。『山上宗二記』は、利休がまだ生きているあいだに、その高弟が書いた。後世の茶書がほとんど伝聞と追憶で成り立っているのに対し、この書だけは同時代の内側から書かれている。名物の来歴、茶会の作法、茶人の心得、そして師の言葉が、飾らずに記されている。その率直さは書いた本人の性質でもあったらしく、宗二は秀吉の前でも思うところを述べて憚らず、二度追放され、三度目に命を落とした。
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山上宗二『山上宗二記』/「はじまりの茶の湯学」古書vol.2 山上宗二記資料