足るを知り、欠けたもの・簡素なもののうちに、かえって満ちた美を見出す心。武野紹鴎は『正直に慎しみ深く、おごらぬさまを侘という』と説いたと伝わる。豪華を尽くした書院の茶に対し、簡素を尊ぶ価値の転換であり、珠光に始まり紹鴎を経て、利休が茶の根本原理にまで高めた。[通]
侘びは「貧しさの美」ではない。少なくとも、それを起草した人々はそう言っていない。まず豊かさと品格を極め、そのうえで枯れた境地へ向かえ——珠光が『心の文』に書いたのは、順序を定めた厳格な段階論である。しかもこの構えは、茶の湯が独自に発明したものではなく、連歌の側から流れ込んできた。そして「わび茶」という言葉自体が、後の時代のものである。
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村田珠光『心の文』/「はじまりの茶の湯学」思想総論資料